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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)594号 判決

控訴人(被告) 大阪国税局長、東住吉税務署長

被控訴人(原告) 斧田敏夫

訴訟代理人 今井文雄 外四名

原審 大阪地方昭和二八年(行)第二四号(例集九巻三号50参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は、原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴人等代理人において、

本件更正決定通知書は普通郵便物として送付せられたものであるが、普通郵便物であつてもそれが郵便局において受理乃至発送せられ且つ返戻せられなかつたこと及び集配事務上の一般的な事故の不存在が認められる以上はその郵便物が相手方に到達するのが通常であつて、到達しないことは絶無ではないけれども極めて例外的事例に過ぎず、従つて郵便により発送せられた事実が証明せられた以上は、特段の事情のない限り相手方に到達したと推定すべきものである。今これを本件についてみると右郵便物は前記事実がある上に、東住吉郵便局に差出され同郵便局区内に配達せられたものであるから、集函、逓送事務等に伴う事故発生の危険が極めて少く、また被控訴人方附近に誤配の危険を生じさせるよう同姓又は類似姓の者が存在しないのみならず、被控訴人は相当以前から居住を続けており且つ同人方には一見して見易い看板に「オノダ」の表示があり、担当郵便集配人も被控訴人方を知悉していたのであるから誤配の危険は全く存在せず、従つて前記書面はその当時同郵便局に差出された他の通常郵便物と同様一、二日を出でずして名宛人たる被控訴人に到達したものと推定さるべきものである。

と述べ、被控訴人において、

控訴人等の右主張はこれを争う。郵便物の不着誤配は日常少からず経験するところであるから、たとえ本件更正決定通知書が普通郵便物として発送せられ且つ控訴人等主張の前記事実が存在したとしても、同書面が被控訴人に到達したと推定されるべきものではない。

と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

証拠〈省略〉

理由

被控訴人が控訴人東住吉税務署長に対し被控訴人の昭和二六年分所得税の課税標準たる事業所得金額を二二一、〇〇〇円とする確定申告をしたのに対し同控訴人が右所得金額を四〇万円とする更正決定を為しこれに基く納税督促状を被控訴人に送付したこと、被控訴人がこれを不服として昭和二七年五月二三日同控訴人に対し再調査請求を為し同控訴人から同年七月三一日法定期間徒過の理由で右請求を却下する旨の決定を受け同年八月二七日控訴人大阪国税局長に対し審査請求を為し昭和二八年二月四日同控訴人から前同一の理由で右請求を棄却する旨の決定を受けたことは、いずれも当事者間に争がないので、以下右更正決定の無効確認を求める被控訴人の本訴第一次請求の当否について判断する。

この点について控訴人等は先ず、「本件更正決定が若し被控訴人主張のように未だ被控訴人に告知せられていないとすれば、告知のない以上課税処分は存在しないことになるから、被控訴人がその不存在確認を求めるのであれば格別、右主張の理由による無効確認を求める本訴請求は権利保護の利益を欠くものである。」と主張するのであるが、課税の更正決定が未だ相手方に告知せられないために理論的にはその行政処分が未だ成立するに至つていない場合でも、外観上その処分が存在するような場合は当該行政庁その他においてその処分が存在するものとして取扱い又はその取扱をしようとする場合にはそれに基く一切の効果を否定するために右行政処分の無効確認を求める行政訴訟は許さるべきものとするのが相当であるから控訴人等の右主張はこれを採用することができない。

そこで本件更正決定が被控訴人主張の如く告知せられなかつたかどうかを判断するが、この点について控訴人等は右決定は納税告知書と共に封書とし他の納税者に対するものと共に昭和二七年三月二〇日午後東住吉郵便局で差出したので遅くとも同月二二日迄に被控訴人に告知せられたと主張する。そうして成立に争のない乙第一号証の一、二、三第二第三号証の各一、二原審証人守義雄同喜多昇同三喜実の各証言を綜合すると、東住吉税務署においては昭和二七年三月被控訴人を含む四九名の営業者に対する昭和二六年分所得税の第一次更正決定決議書を作成したものであるが、これらの決議書は、同税務署においては、直税課所得税係員においてこれを起案し、同税務署長の決裁を得た上所定の更正決定通知書発送事績整理簿に発送先の住所氏名その他の所要事項を記入し右決議書の副本二通と共に同税務署総務課管理係に送付し、管理係員においては右副本二通を受領すると共にその受領を証するために前記整理簿の所定欄に受領の年月日を記載して認印し更に所定の徴収簿に所要事項を記入すると共に納税告知書を作成しこれを右決議書副本のうちの一通と共に名宛人の住所氏名を記載した封筒に入れて封緘の上前記整理簿と共に総務課総務係に回付し、総務係員においては前記管理係から右封書を受取ると共にその受領を証するため前記整理簿の所定欄にその受領の年月日を記載して認印し更にその発送を証するため右整理簿に発送の年月日を記入して認印し他の郵便物と共に一日一回宛使者を以て所轄東住吉郵便局に持参し差出して発送するのをその取扱方法としていること、またこのようにして発送した文書が配達不能により返戻せられてきたときはこれを右総務係において受取り所得税係に回付し所得税係員において所定の交付不能整理簿に登載の上調査部に送付し同部員においてその宛先住所の記載に誤のないことを確めた上前記管理係に通知し同係員においてその通知により徴収簿の備考欄にその旨記入することと定められていること、これらの郵便物に使用する郵便切手については前記総務係員において備付の郵便電信発送簿にその出入と残高ならびにこれを使用した文書のうち主要なものの名を記入してこれを明確にしていることが認められ、被控訴人に対する本件更正決定についてもその更正決定決議書(乙第一号証の三)には昭和二七年三月一七日控訴人東住吉税務署長の決裁を了した旨の記載があり、更正決定通知書発送事績整理簿(乙第二号証の一、二)には「田辺東ノ町二―一〇〇」を被控訴人の住所として、同月一八日所得税係から管理係へ、同月二〇日管理係から総務係へ順次右決議書が回付せられ同日発送せられた旨記載せられそれぞれの係員の認印が為されていること及び郵便電信発送簿(乙第三号証の一、二)には右三月二〇日に更正決定通知書四九件発送のため八円便郵切手四九枚が使用せられた旨記載せられていることならびに同年三、四月頃の交付不能整理簿には被控訴人に対する更正決定決議書が配達不能となつて返戻せられた旨の記載のないことがそれぞれ認められ、また成立に争のない乙第四号証の一、二及び当審証人吉村秀信の証言を綜合すると、東住吉郵便局においては昭和二七年三月二〇日投函せられた郵便物は同郵便局配達区域内の宛先に対し、特別の事故のない限り、同月二一日又は二二日配達せられ、その当時同郵便局の集配便執行上に及ぼす特別の事故のなかつたこと、同郵便局の配達係員は被控訴人の住所の所在場所を熟知し、また附近にこれと同一又は類似の姓を有する者が存在しないことがそれぞれ認められ、更に成立に争のない乙第一号証の二第五号証第六号証の一、二第一〇乃至第一四号証の各一、二、三に当審証人西俣聰明の証言を綜合しなお弁論の全趣旨を参酌すると、被控訴人方の近隣に居住し被控訴人に対する本件更正決定と同時に更正決定を受けた訴外保田周三外五名がいずれもその頃右決定の告知を受けうち二名はこれに対し再調査請求を為し残四名は右決定に服して納税していることが認められ、以上認定の事実によれば本件更正決定は控訴人等主張の如く昭和二七年三月二二日頃被控訴人の前記住所に到達したものと推定さるべきが如くであるけれども、他面前記守義雄証人の証言によると被控訴人は同年四月二十二、三日頃東住吉税務署に至り同署吏員なる同人に対し督促状を受けて初めて更正決定のあつたことを知つたので再調査の申立をし度いと申入れた事実が認められるところ、本件において前記の如く被控訴人の確定申告額が金二二一〇〇〇円であるのに対し更正決定額はその二倍に近い金四〇〇〇〇〇円であり、現にその後自ら再調査及び審査請求を為し、更に本件行政訴訟を提起してその訴訟行為を追行する程の被控訴人が右更正決定の通知書を受け取つていたならば、直ちにこれに対し不服申立の処置を執つていたであらうことも容易に察知し得られるところであるのに鑑ると、前記被控訴人の語つた言葉も強ち虚偽だとも断定し難いので、叙上諸般の事実を彼此綜合して考えると本件更正決定の通知書が被控訴人に到達したともしないとも断定できない状態で、結局控訴人の全立証をもつてしても未だ本件更正決定が被控訴人に到達したことを認めるに足りないことに帰着する。

被控訴人等は前記督促状は昭和二七年四月二一日被控訴人方に到達したから被控訴人はこれによつて本件更正決定の存在を知つたと主張するが督促状の送達をもつて更正決定の告知に当るものと解し得ないことは勿論であるから右の事実を前提とする控訴人の主張は本件更正決定処分の無効確認を求める本訴においては到底採用し得ない。

以上説明のとおりであるから本件更正決定を有効に存在するものとする控訴人等に対しその無効なることの確認を求める被控訴人の本訴第一次請求は正当としてこれを認容すべきものでありこれと同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がなく、よつて民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条第九三条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 竹内貞次 大野千里)

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